本日は以前書き溜めていた原稿から引っ張り出してきて、奥寺センパイとのデートについて考えてみます。
読み直してみて、考察のズレが出てきたら、すぐに加筆修正するかもしれません。
そして、映画本編で語られていない部分は、あくまで妄想の域をでませんので、考察という名を借りた『妄想の押し売り』にならないように気をつけて書いていきたいと思ってます。
君の名は。3年後のあと出し考察
この素晴らしい作品を、より深く理解するために。
使用画像について
特記なき場合、このブログ内の映画本編の画像は、地上波放送・DVDなどのTV画面を撮影したものに手を加えて使用しています
2019年10月19日土曜日
2019年9月19日木曜日
2019年8月18日日曜日
糸守湖の大きさ。
こんにちは。
本日の記事は、糸守湖と糸守町のことについての追記です。
前回も色々と書いてみましたが、場面場面で糸守湖の大きさがまちまちで、直径1km設定の湖にしては、非常に巨大に描かれているシーンもあります。というか、基本的に各場面とも巨大に描かれています(笑)
『徒歩通学』は距離的に無理なんじゃないか?という疑問からスタートした調査ですが、もし現実にある湖だとしても、『町の中にある湖』なので、それほど巨大ではないのではないかと。
では、縮尺的に一番近いのはどのシーンかな、と考えてみたところ、多分、夢灯籠のときの『乗鞍の先にある糸守町』が本来あるべき糸守湖の大きさに一番近い、と思いまして、DVDからキャプさせていただきました。
本日の記事は、糸守湖と糸守町のことについての追記です。
前回も色々と書いてみましたが、場面場面で糸守湖の大きさがまちまちで、直径1km設定の湖にしては、非常に巨大に描かれているシーンもあります。というか、基本的に各場面とも巨大に描かれています(笑)
『徒歩通学』は距離的に無理なんじゃないか?という疑問からスタートした調査ですが、もし現実にある湖だとしても、『町の中にある湖』なので、それほど巨大ではないのではないかと。
では、縮尺的に一番近いのはどのシーンかな、と考えてみたところ、多分、夢灯籠のときの『乗鞍の先にある糸守町』が本来あるべき糸守湖の大きさに一番近い、と思いまして、DVDからキャプさせていただきました。
それから、飛騨探訪の際に瀧君が手に入れた2013年版の糸守町の地図を各場面から合成して1枚にまとめて、その地図と本編映像を頼りに分かる範囲で家や施設などを入れてみました。
調査というか、夏休みの自由研究ですね。
2019年8月16日金曜日
『君の名は。』は、『災害をなかった事にする映画』ではない。
ちょっと思うところがあったので、突発的に少し書いておきたい事があります。
同じ作品を見ても、好意的に感じたり、批判的に感じたり、受け取り方は人それぞれ何だなぁということを改めて感じました。
観てよかった、感動した、と言う人がいる反面、見るに堪えない、ダメだわこれ、的なことを言う人もいるわけです。
映画を批判するということは、まず、自分の意志でお金を払って、自分が映画館に足を運び、わざわざ観に行く、というアクションがあって、その映画が、自分が期待していたものではなかった、とか、自分の主義主張と違っていた、とか、そういう気持ちになってしまったということですよね。
批判する原因は人それぞれ、色々あろうかと思います。
一旦批判的な思考に入ってしまったら、『あ、これダメなやつだわ』な目線で見てしまうので、何から何まで気に入らなくなってしまうのでしょうか。
それとも、理解力とか想像力不足で、表面的な部分しか理解できずに短絡的に非難してしまうのでしょうか。
理解力とか想像力、考え方や捉え方は人それぞれです。
なので、自分では思ってもみなかった捉え方による批判があって当然だし、その意見もありうるな、と納得してみたりもするわけです。
考えうる意見だと思うし、納得はするけれども、一概にそうとも言えないんじゃないかな?みたいな。
『君の名は。』は、『災害をなかった事にする映画』でも『死人を蘇らせる映画』でもなくて、『未来を変える』、『未来を切り拓く』映画だと思うからです。
そんな記事です。
同じ作品を見ても、好意的に感じたり、批判的に感じたり、受け取り方は人それぞれ何だなぁということを改めて感じました。
観てよかった、感動した、と言う人がいる反面、見るに堪えない、ダメだわこれ、的なことを言う人もいるわけです。
映画を批判するということは、まず、自分の意志でお金を払って、自分が映画館に足を運び、わざわざ観に行く、というアクションがあって、その映画が、自分が期待していたものではなかった、とか、自分の主義主張と違っていた、とか、そういう気持ちになってしまったということですよね。
批判する原因は人それぞれ、色々あろうかと思います。
一旦批判的な思考に入ってしまったら、『あ、これダメなやつだわ』な目線で見てしまうので、何から何まで気に入らなくなってしまうのでしょうか。
それとも、理解力とか想像力不足で、表面的な部分しか理解できずに短絡的に非難してしまうのでしょうか。
理解力とか想像力、考え方や捉え方は人それぞれです。
なので、自分では思ってもみなかった捉え方による批判があって当然だし、その意見もありうるな、と納得してみたりもするわけです。
考えうる意見だと思うし、納得はするけれども、一概にそうとも言えないんじゃないかな?みたいな。
『君の名は。』は、『災害をなかった事にする映画』でも『死人を蘇らせる映画』でもなくて、『未来を変える』、『未来を切り拓く』映画だと思うからです。
そんな記事です。
2019年8月15日木曜日
2019年8月14日水曜日
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