おはようございます。
お盆休みで時間が取れたので、昨日までに新海監督の過去作をいくつか鑑賞しました。
『ほしのこえ』
『雲のむこう、約束の場所』
『秒速5センチメートル』
『星を追う子ども』
『言の葉の庭』
TV版『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』
といったところ。ほぼコンプですかね。
感想を一言でいうと(そんなかんたんな話でもないのですが)すべての道がローマに続いているように、
すべての作品が、君の名は。に続いている!
と言う感じ。
背景、舞台、キャラクター、ストーリー。
それぞれの作品で見た目は違えども、なんといいますか、違うのにまったくブレてないですね。
主人公たちの『障害』となるのが
『夢』と『現実』であったり、『次元』や『空間』であったり。
『時間』であったり、
『距離』であったり、
『年齢』であったり。
その『障害』とどう向き合うのか。受け入れてしまい諦めるのか。それとも、どう『もがく』のか。あるいは、もがいても変わらないのか。
色々なものが結実して、『君の名は。』が誕生したんだということがよくわかります。
そして、言えるのは、
『君の名は。』では、瀧と三葉が最後に出会えて本当に良かった
ε-(´∀`*)ホッ
われわれ観客は、『神の目線』ですべてお見通しな状態なので、新しい歴史の2022年で、瀧も三葉も健在、ということを知っています。
ですが、当の本人は入れ替わっていたことも、ハードすぎる体験も忘れていて、さらに、お互いのことを知らずに、まだ出会ってもいないのに、ずっと探し続けているという理不尽さ。
あれだけ密度のある時間を過ごした二人の物語は観客だけが知っていて、瀧と三葉はすれ違いで幕が下りる…というような、切ないというか、もどかしいというか、そんなラストじゃなくてよかったです。
(個人の感想です。私と全く逆に、そういう終わり方こそが新海作品の美しさなんだ、と言われている方もいらっしゃるので)
ラストシーンが、物語の『その後の未来』を予感させて、観客がそれぞれ、瀧と三葉の未来を想い描けるということは素晴らしいことだと思います。
あと、過去の新海作品を見て思ったのは、風景描写に関して、大きさのディフォルメ、季節無視、などなど、風景・背景の設定や描写に少し矛盾があったとしても、それらの描写は、踏切、鉄道、空、入道雲などとともに、作品の表現として必要なことなのであって、
『それが新海作品の必須アイテムだから』
という理由だけですべて説明が済んでしまう気がしてきました。
子供の絵は部屋の中でも太陽が描かれている、みたいなことなんだろうと。
例えば4月に入道雲でもそれでいいんだろうとw
そして、『君の名は。』のその先も見たくなってきました。
最新作の『天気の子』に瀧や三葉たちもチラっと出演しているらしい、と言う話を小耳に挟んだので、久しぶりに映画館に足を運んでみようと思います。
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